■園長だより(このごろ気がついたこと・2003年度 2月)
2004. 2.21
 今年の「春を呼ぶ音楽会」は、鶯(ウグイス)を呼ぶ気持ちで当日までを過ごすことになりました。年長組が 夏から秋にかけて体験学習で「劇場(での)見学(主に観劇)」に行く経験から、本園では室内での発表行事に際して使用する遊戯室(多目的室)を「げきじょう」と呼ぶようになって久しくなり、呼び方を始め一連が子どもたちの“ごっこ”的文化になっています。 近年、「まっくら森の劇場」、「雪の森劇場」や「春の雛の森劇場」など子どもたちが その年の遊びや経験の経緯、仲間との捉え方を反映して名前を付け替える事も日常的になり、固定しない先生たちと子どもたちの愉しみ方には良い向きを感じています。

 一昨日は、二十四節気の一つ「雨水」でした。 幼稚園の周りもすっかり春めいてきました。
 私の仕事にしている(もちろん、皆もシテ欲しいのですが・・・!)花壇の手入れで土に触れていて ふと気がつきました。今までは土の感触が冷たく感じられていたのに、ここ数日 暖かく心地よいのです。また、雑草の芽吹きの力強さには感心させられます。 卒園や、入園式に合わせて咲くと良いと願いながら 毎年、球根や苗を植えつけますが、自然の力には勝てず 期待通りの花期を得られない年が常です。それでも思うに通ずる気がして、やはり今年も除草や施肥に精を出しています。
 今日は、年少児・年中児が育てているヒアシンスが かなりの数、開花しました。ここ数日の暖かさのせいでしょう。午前中は、保護者プログラムの歌練習で付いて遊びに来てくれた子どもたち(小学生も)の声が聞こえて、休日の幼稚園もひときわ明るく良い雰囲気でした。花たちも、その声に誘われたのかもしれません。


 子どもたちが毎日土の上に立って生活し、自然と接することで、体(五感)を通して得ていることが これから成長して、自然と共存して「人」として生きていく時に大変力になっていると信じています。 植物のみならず動物との関わりもまた然り。現在、飼育している鳥たちについては(衛生は最優先しなければならず)社会的な関心も高く、私共も細心注意をはらっています。が、動物や植物を通して何より、子どもたちが心で感じる慈しみや愛着を思うとき、世話の難しさや大事さと 命の尊さ・重さについても、少しずつでも 生活の中で共感を通して知らせていけたらと思っています。



 今年は遊戯室に鶯が舞いこみ、身近に本物に接することができて 大変貴重な経験にもなりました。「春」が もう、すぐそこまで来ていると子どもなりに実感していることと思います。
 明日は、「春を呼ぶ音楽会」です。家族の皆さんもご一緒に、子どもたちそれぞれの春≠呼びたいと思います。(本日は、準備来園お疲れ様でした。役員さんを始め、明日もお世話になります。よろしくお願いします。)





2004. 2. 1
 年がかわって早一月、少し低い曇り空の一日ツイタチです。 「如月(きさらぎ)」は、師走・皐月や弥生に比べて余り生活の中で自然に触れない名でしたが 口にすると良い響きです。

 イマは家に一人しかいない“家族”に、原作を読んで是非にと誘われて ゆうべ映画を見に行きました。 70年代に『精霊流し』がヒットしたときにも、その十年ほど後に好きな歌手だというのでカセットテープを買って贈った頃も “さださん”が自分と同じ年齢だとは、昨日の映画の帰りの助手席からパンフレットを読んで聞かされるまで知りませんでした。 映画は、有明海越しに隣県の長崎が舞台。
 ・・・今朝、ゆうべの映画の印象を「一言で!?」と不意打ちをくらって 咄嗟に口をついて出た言葉は「階段」・・・。映画のシーンには、私が日常目にしない数の階段が上りに下りに描かれていましたから…。「ふぅーん、つまり“坂”ね。坂が一番心に残ったの…そういえば、原作にそんな風に書いてあったヨ!!」と別に意味もない風に。原作の小説(『解夏ゲゲ』さだまさし作/幻冬舎文庫)を確かめると、そのはじめに
   坂道である。
   この町では傾いた道を全て坂≠ニいう。
   石段ですら、勾配が急すぎるので便宜上そこに段をつけたにすぎない
  というのである。
と、ありました。映画でも見た、青い海の港を抱く長崎の町を思い浮かべ…ほんとうに美しい町です。


 1月に、新年度への《希望》をさがしていました。元をもとめた2003年度に引き続く2004年度です。開園の1980年と同じ申年の巡りです。目あても、決まりました。《希望》の光源を集めています。光が放つ輝きを凝縮できる、強い光源が良いと考えています。そんな、光源の一つに『解夏』はなるようです。

 韓国での幼稚園バス送迎時の事件、岸和田の中学男子生徒の表せない悲しみ・苦しみ、理由なく殴られた小学生や女子大学生を襲った暴力。〜信じられない事、怒りを覚え、強い焦燥を味わう事が次々に多すぎます。何も罪のない、弱く・ちいさく、守られるべき側の存在が何故、独善や暴力・無軌道・非道の前に力を振るえないのでしょうか。
 『解夏』は、希望へとつながる光源の一つにします。映画のパンフレットから「さださん」の扉の言葉を紹介させてください。(「あきらめない」ことを噛み締められました。)
 最後のページにあった「ナガサキピースミュージアムを知っていますか?」(Nagasaki Peace Museum)・・・「知る」機会になりましたので 次に、長崎に出かける日に きっと足を運べたらと思います。



   生きるということは不思議なもの。
   喜びの中に悲しみの種は蒔かれ、
   絶望の底に希望は芽吹く。
   小さい命を誠実に生きることは、心の力仕事だ。
   「解夏」を通してあきらめない悲しみと、
   あきらめない喜びが伝わるといい。
        原作「解夏」著者/さだまさし